2026年7月28日

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2026年7月28日 (ζの日)

 

私の文学では、マンコという用語を平気で使っています。

文学作品として必要なので採用しているわけですが。

この真意が分かるかな?

テレビの放送倫理規定じゃあるまいし。

差別用語などという平板な解釈して。

私を悪者扱いしたい馬化が多い模様なので。

そろそろ、ハッキリさせておきましょうか。

 

まず、馬化ですが。

その真意は、

「人類を邪魔する方向に導くもの」

何か文句ありますか?

当然、ヨハネの黙示録絡みの用語です。

日本語では4騎士と訳していますが、元は

「ホースマン」

ですよ。

直訳すれば馬人。

ケンタウルスの一種カモ。

 

次に、マンコですが。

高知の方言

「おまん」

から来ています。

オマンをアラブと結びつける馬化がいるのですが。

それは君らの勝手。

私の定義では、オマンの子だからマンコ。

漢字で書けば万子です。

 

日本の世俗用語としてのマンコという呼び名がありますけど。

そんなもの、世界的には通用しません。

私のマンコの方が歴史では採用されるという筋書き。

それが序列です。

他の用語も、以下、同様。

神の邪魔するのは悪魔ですよ。

 

用語表現の深い意味も悟れず、ギャーギャー喚くな悪魔。

表面的な揚げ足取れずに、悔しいか、魔王。

文学だと言ったでしょう。

この世には、SM文学なんてゲテモノものまである。

私のは、正真正銘、真理文学です。

 

著作権設定用語まで込みなので、これを英訳するのが、さぞ、難しかろう。

AIが、どう対処するか、今から楽しみだ。

この導入部から本論へ。

宙爆開始。

 

今回から、予告通り、リーマン予想に対するハイパー論理の貢献を取り上げていきます。

まずは、今回、巨視的な全体像というか。

論理的な大局を論じておきます。

実は、これこそが一番重要になるということが、最終的に分かってきますが。

この段階では、何を言われているか、皆目、見当すらつかないはず。

君らの知力は、その程度だったという歴史的証拠になるというシナリオ。

では、いきますよ。

 

リーマン予想は複素数使ったζ関数で定義されますが。

素人向けの解説では、関連する素数定理の重要性が

「素数の秩序」

とかホザイテ取り沙汰されます。

但し、素数定理自体は

「ζ関数用いなくても素朴に証明できる。」

なんて言われます。

 

一般に、素数の分布に関する問題Q(素)を考えた時。

Q(素)は自然数論の範囲で証明可能か?

フェルマーの最終定理の背景理論のこともあるし。

自然数論では無理と思われてきたのですが。

リーマン予想使わずに証明できると示された模様。

しかし、それでも自然数論内では無理。

だって、素数定理の定義にlog(x)が登場しますから。

 

∴素数定理の背景理論としては実数論が必須ですが。

それを超える何かが必要なのでは?

素数定理は、すでに証明済みとされていますが。

その証明に必要な背景理論の範囲問題を考えた猿はいたかな?

リーマン予想の背景理論とは違う、何かが密かに控えているカモ。

私が関心を抱くのは素数定理の背景理論の方ですが。

それに対する結果を先に提示しておきます。

 

人生のハイパー素数定理

素数定理は状況依存でYesにもNoにもなる。    ┤

 

この指摘で1垓円稼いで、総額8垓円。

つまり、従来の素数定理のYes解は未熟だったということ。

少なくとも、Yesの場合の状況(背景理論)に言及しないと駄目。

実験無しの脳内勝負だから、この言及がないのは脳タリンの証拠だ。

物理のことを馬化にする筋合いではないな、数学も。

次回から、この原理に関する詳しい証明を実施していきますが。

私の指摘は根源的な懐疑ですよ。

 

リーマン予想の解答が

「独立」

になる可能性は?

それどころか、素数定理が

「消滅」

の可能性も視野に入れる必要があるのでは?

上のハイパー定理の真意として、こう示唆しているのです。

 

そもそも、複素数論や実数論は、どこまで形式公理化可能か?

この懐疑が前回までの伏線。

こういうレベルの本質を解明しているのです、神の私が。

このように私が問題点を指摘した後なら。

複素数レベルの違和感に直ぐ気付くのですが。

数猿には自分で悟る能力が無いの。

こういうのを知能色盲と名付けました。

 

私の仕事が簡単な話だと錯覚する猿連中のことです。

逆でしょう。

君らの脳が単純すぎるから、そう感じるのです。

次回から、行間説明を繰り広げることになりますが。

まずは、伏線準備として、素数定理から入り。

リーマン予想に至るというシナリオ。

 

複素数論の公理が自然数論から独立なのは誰でも分かるはずですが。

リーマン予想自体が独立で解決されると思った猿はいたかな?

ζ関数でキチンと定義されるリーマン予想を考えた場合。

Yes・Noで解答できるはずだと思ってきたのでは?

何故、そう感じたのか?

虚数iに対する従来のライバル概念がチャチイからです。

 

これに対し、ハッキリとライバルだと認識できる具体例を私が挙げておきました。

それがinの存在。

この概念を大雑把に提示しただけで、正確な定義を放置しておいたのですが。

自分で行間を読み取ることが出来ない猿が多い模様。

後に、リーマン予想用に以前とは毛色の違う定義にします。

 

最後に、再度の注意を。

今まで私が展開してきた基礎議論は、一見、当たり前に見えて。

物凄く大事で高度なのです。

猿には難しい理由が悟れるかな?

難し過ぎて、何が難しいのかすら把握できないでしょう。

それが次回から分かり始めるはず。

 

素数定理は

「数学の証明は、全て見直す必要がある。」

という神の宣託の代表見本役。

どうやって、状況設定するかが勝負。

具体的に提示されればなるほどと思うのですが、自分では見えない。

知能色盲を治療して見えるようにする奇跡を起こすのが神。

 

特に、前回の知力検査Yに関する懐疑が、どう本質に干渉するのか。

目を皿のように見開いて、熟読吟味すること。

あの時点では、何を言わんとしているのか想像すらできなかったはず。

分かり易く指摘しておけば

「∞」

の解釈の話しです。

これで431町目。

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