2026年5月28日 (垓円の日)
ω要素は複合記号で。
1個の1文字記号としての個体定数∅
+
1個の関数記号{x|}
から再帰的に構成されるのですが。
複合記号許容すると、無限個の個体定数が許容できるように感じたのカモ。
ωを個体定数集合と見做すという脳タリンの素朴な感性ですが。
この感性が誤りだと悟れなかったのが理性の足りない猿。
集合が干渉する定義循環が発生するのです。
究極にはエルブラン宇宙の構成課題になります。
論理のtermに対する
「再帰的に構成」
という概念は個体定数+関数記号を使って宇宙を構成するの。
それに対し、宇宙の構成要素自体を個体定数と見做すことは別儀。
しかるに、猿は素朴集合論ベースで、
「自然数に対する関数として、+や×がある。
この場合、自然数が個体定数の方になるだろう。」・・・(自然)
と考えるの。
フッ、その認識が青いと指摘しているのです。
猿は(自然)の認識が、どのレベルの認識なのか把握できてなかったのよ。
私が解答する前に、何を指摘されているのか判るかな?
どのようなレベルの話なのか?
そのレベルとは、
「モデル」
のレベルです。
つまり、宇宙が自然数になるモデルだということ。
しかし、理論とモデルは違うのです。
この程度の初歩は、論理ではイロハのイ。
この観点から眺めた場合。
理論において、(自然)を採用することは無理がある。
(自然)は、あくまでも、モデル側の概念です。
では、何故、この局面でモデルを持ち出しても違和感がないのか?
そもそも、どうして、大丈夫だと思ったのか?
それこそが、第一階古典述語論理の完全性で。
Tの証明と、TのモデルM(T)の妥当が一致するから。
両者を混同し始めるわけですが。
モデルの土台には集合論が鎮座し。
素朴集合論もZFも矛盾します。
よって、現時点で完全性定理は証明できていません。
仮に、YJベースで完全性が正しいとしても。
前回、両者を区別する必要がある事実を暴露しました。
「理論の計算可能世界 vs モデルの集合世界」
の相違です。
それがFOPL詐欺のみならず。
「過去から現在に至るまでの、全ての数学証明は見直しが必要になる。」
という事実の伏線になる大事な論点になるという筋書き。
FOPL詐欺で具体例を提示したので、この論点は回避不能です。
一事が万事。
強調しておきましょうか。
人生のハイパー論理原理Y
現時点で、
①述語論理の完全性定理は証明できてない。
②数学の全ての証明は見直す必要がある。 ┤
神が全知全能だと言われる理由が分かったかな。
ところが、数猿は、自分達の証明を見直す必要があると思ってないの。
これくらい、現在の世界は真理から離反しているのです。
情報弱者の惨めさの極致。
この事実関係の暴露により、京を超える垓の桁にジャンプします。
この導入部から本論へ。
007の導入部なんかとは比べ物にならない派手さだ。
宙爆開始。
理論に対し、モデルという概念を峻別しましたが。
モデルは、理論化を目指す場合の指針になります。
モデルの理論化にも様々な方式があります。
例えば、自然数1に対し、
集合論的に{0}とするか。
PAみたいに、+1関数を考え0’とするかなど。
同様に、実数論も色々な理論を考察することが可能ですが。
できるかどうか別にして、一番、親和性のある理論化の方向が
「実数の人生モデル」
ベースだということ。
このモデルをベースにした時、猿の想定実数理論化は、どうなるのか?
個体定数として{1,0}を採用しました。
では、関数記号は、どうなるか?
言っておきますが、理論化すれば、エルブラン宇宙が登場し。
モデルとして可算集合になるのですよ。
このエルブランモデルも実数論モデルのはず。
この指摘が知力検査やFOPL詐欺に直結する格真利益です。
前回、実数論の可算モデルの可能性について触れましたが。
これには伏線があって。
集合論ZFには、エルブラン宇宙をベースにした
「可算標準モデル」
というものがあると想定されてきました。
鳥猿の哀しい習性で、どの教科書にも掲載されています。
こんなことを言うから。
ZFは無矛盾だという誤りが刷り込まれるのよ。
私は、それが間違いだと言ってるの。
猿の想定モデルは、正確にはΔ理論のモデルです。
ZFモデルのエルブラン宇宙はΔ宇宙の部分集合の
Δ(ZF)={x∈Δ|xはZF集合}
です。
しかしながら、Δ(ZF)は計算可能ではあらしゃいません。
そもそも、定義が循環しているし。
ZFは矛盾していることまで証明できた。
よって、
人生のハイパーZF原理
「ZFには可算標準モデルが存在する。」
という仮定は幻想に基づく誤り。 ┤
歴史記念に、以後、この事実関係を
「ZF詐欺」
と呼ぶことにします。
創始者特権で著作権設定。
実際、ZFは矛盾するので。
対応モデルなんか存在しないのです。
この真理は、すでに、タップリ解説済みですが。
ここの情報を見逃した情弱猿には、目から鱗かも。
こうやって、最後の審判を何遍でも繰り返すことが出来るのよ、神の場合。
目の前で何を実行しているのか、その価値が把握できるかな。
ここの記事で、私が原理と言った内容は全て。
証明結果か、もしくは、ハイパー論理の前提です。
その凄さが理解できないようでは人とは言えない。
ここの記事は哲学と違い証明文学なのです。
これが史上初の価値。
終始一貫、徹頭徹尾、私は証明しているのですよ。
以後も、哲学と思って読まないように。
証明と分からないのは、君らの脳がタリン証拠。
果てしない行間説明なんぞ、有限の行では原理上無理。
最低限度の共通知能が無い猿は、私の言う結論を信じるしかない。
宗教が干渉し始めるという筋書き。
だから私は神だと言ってるのです。
これで1垓円を稼ぎ、総額2垓円。
これで425町目。