2025年8月28日

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2025年8月28日 (jiyuuの日)

 

今まで、NAMEやTTやQQやDQの自由性について証明してきたわけですが。

自由集合の翻訳用語を

「free set」

としました。

しかし、枠内のfree groupみたいに。

枠外自由概念にfreeという用語を採用すると何か安っぽい。

 

折角、潜在無限∞から切り出して。

史上初の枠外概念をキチンと定義したのです。

枠外性を強調するために、日本語ベースの

「jiyuu set」

と著作権設定しておきます。

こういう変更も創始者特権というの。

 

以後の歴史で、jiyuuはmangaを超えるはず。

真理が娯楽に負けるわけにはいかない。

大衆には、mangaの方が親しみやすいでしょうが。

庶民は誰の御蔭で飯食えてるか分かっているのかな?

分かり易い比喩を使えば、

「キリスト vs ピタゴラス」

どちらが人類にとって大事か?

 

飯の種という意味ではピタゴラスですよ。

なにせ、

sin2(x)+cos2(x)=1

だぜ。

仕方ないので、キリストは

「人はパンのみにて生きるにあらず。」

なんて言うことになる。

信者を良い気分にする精神論だな。

 

言っておきますが、私は神ですから。

「キリスト+ピタゴラス」

レベルを遥かに凌駕しています。

何故、ここまで大言壮語できるのか。

今回、その一端を開示しておきます。

では宙爆開始。

 

DQの自由性証明には、どの程度、集合論が干渉するのか?

この点は非常に大事なポイントになるので、キチンとチェックします。

自由集合NAMEの自由性は、どこで証明したのか?

背理法による対角線論法でした。

この証明作業に集合論を使ったか?

人生の実数モデルベースで考えたわけで使ってますね。

 

しかし、ZFは矛盾しています。

だったら、NAMEの自由性証明が間違っている可能性は?

神の証明ですから、間違えるなんてことはありません。

具体的には、次のような証明だったのです。

「NAMEが普遍枠内に収まると仮定すると矛盾。

ゆえに、枠外。」

こういう背理法論法です。

 

だから、具体的なZF集合論なんか出る幕はない。

必要なのは、実数の人生モデルで必要な無矛盾集合論。

これがYJです。

それに対し、実数の非可算性証明は?

素朴集合論で証明した気分になっていたわけですが。

正確には、

「ZFが無矛盾と仮定して(普遍枠のベースを決め)。

実数全体が(枠内)可算だと仮定すると矛盾。

∴非可算。」

 

こういう三段論法です。

ここでのポイントはマトモな集合論の構築。

これが出来てない限り、実数非可算性証明は未完です。

∴少なくとも、ZFベースの証明は無意味。

だって、ZFは矛盾していますから。

猿にZFの代わりの集合論が構築できるかな?

 

何を指摘しているのか理解できていますか?

可算という概念を、どう扱うかです。

集合論で可算と仮定するわけでしょう。

その集合論がマトモじゃなければ、可算がキチンと決まらないのよ。

そして、素朴集合論もZF集合論も矛盾しています。

よって、可算を定義する際に使い物にならないの。

だから、三段論法の1段目が破綻している。

 

しかし、自由性証明同様、マトモな集合論は仮定で済むのでは?

どう思うかな素朴猿よ。

もう少し突っ込んでおくと。

ひょっとして、

「無矛盾な集合論なんてものは、この世に存在しないのでは?」

現段階では、この懐疑に正しく解答できる猿は皆無。

それに対し、私の至高解はYJで。

無矛盾な状況依存集合論です。

 

ということはですよ、空集合のように、

「状況s1での可算 vs 状況s2での可算」

なんてのが有り得るのか。

はたまた、可算レベルなら、各状況に共通なのか?

ここで大事なポイントは

「YJの状況依存性は枠内状況依存」

だという点。

だからYJは枠内理論です。

 

では、

「YJベースの自由性証明は状況依存なのか否か?」

NAMEの自由性証明作業は、普遍枠に対する反実仮想なのです。

状況依存だろうがなかろうが、枠内と仮定すると矛盾。

よって、この局面では状況依存性は影響しません。

一方、実数の非可算性証明は(枠内で)可算に対する反実仮想。

だから、ZFみたいに矛盾する集合論ベースで証明すると。

実数非可算性証明は怪しくなるのですが。

 

これを、マトモな集合論であるYJベースで証明すると。

実数非可算性は状況依存になります。

ちなみに、ZFベースで状況依存性を追求したのが、強制法で。

結果は、連続体仮説の独立として証明され(た気分)。

非可算性は、

ℵ1、ℵ2、・・・

のどれでも良くなるという筋書き。

 

注意:

但し、猿の強制法証明が正しければですよ。

ZF矛盾が強制法証明に、どう干渉するか?

YJ神のみぞ知る。

こういうのを

「天上天下唯我独真」

というのです。

 

今後、強制法の証明なるものが正しいかどうかは無視。

猿の戯言を、一々、チェックしてられない。

無限地獄で悶え苦しめ、無視悪魔よ。

糸の細さが体感できたかな。

紐よりも細い。

(効くなあ、皮肉が。)   ┤

 

ZFベースでの実数非可算性証明は怪しさが残っています。

それを払拭しようとすると、YJに縋りつくしかない。

すると、状況依存性が発動し。

自然に、連続体仮説の独立性に繋がるという筋書き。

これでYJは、強制法を超えることが明晰判明します。   

 

ちなみに、YJは自由集合の存在を意識して構築できる集合論。

Δ理論をベースにしたハイパー論理の理論です。

世界に対する見え方が違うの。

状況依存にも

「枠外アプローチ vs 枠内アプローチ」

があるのです。

真理把握に対する状況の近似列

s1、s2、s3、・・・

が枠内に収まるかどうか。

 

自由性というのは、状況依存性の枠外アプローチ。

YJは自由性まで視野に入れた集合論ですが。

それが、何故、枠内状況依存になるのか?

ここで、いつものように、シェーマが登場するという仕組みで。

要は、枠外状況依存の枠内近似理論になるのです。

ここから、伏線の∨シェーマまで出現し始めるという筋書き。

それくらい難しいのよ、YJ構築は。

 

チャチャっと気軽にZF手直しで構築できると思う猿の脳タリンぶりよ。

どの程度の脳タリンか、以後、身に沁み込ませます。

猿にとっては1京円の価値ですよ。

もっとかな。

徐々に、賭け金レートを上げていきます。

悔しいか、グズグズ無視猿。

これで398町目。

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