2024年11月28日 (バトルの日)
前回の文脈の続きを論じると。
一般的に、こう考えるべきなんです。
「termを曖昧にしたままで、formulaだけの証明は有り得るのか?」
これが可能なら、一般の第一階述語論理ベース理論Tでも。
termの再帰性を気にする必要がなくなるケースが登場します。
すると、HGYラインの価値は半減します。
しかし、termの再帰性を無視して良いのか。
この論点を、どう思うかな?
具体例として、formula中にtermが登場せず。
束縛変数だけで公理体系Tが表現されているケースを考えてみてください。
term設定が無いと、エルブラン宇宙が決まりません。
それでも、何らかのTモデルを考えることは可能です。
(何らかの名前を考えた瞬間、termは出現するわけですが。
その点は暫く置いておいて。)
つまるところ、term抜きの理論化は可能か?
これが
「半公理体系」
のテーマ。
具体的に、どんな理論だ?
それが役に立つのか?
と、こういう話になっていくわけです。
そこで、馬化が
「SATはformulaだけの理論」
とか言い出すので。
すかさず、私が、
「SATは’法により関数化されている」
と返すという筋書き。
無駄な抵抗は止めておいた方が身のため。
一周したので、そろそろ、螺旋を昇っておくと。
termの再帰性要求の重要性ですが。
それを対象のTレベルで考えることが未熟な証拠なの。
ゲーデルが不完全性定理で導入したのが再帰関数ですが。
ヒルベルトの夢の計算可能性とは次元の違う制約だったのです。
それが把握できているかどうか。
ヒルベルトは、あくまでも、Tレベルでの演繹、つまり、証明の形式化としての計算可能性を夢想したのですが。
その夢を破壊したのがゲーデル。
しかし、それでもなお、
「再帰性(リカーシブ関数)」
に拘った理由は?
それはね、Tに対するメタを考慮したからです。
メタTになると、概念が拡散し、曖昧な要素が侵入する可能性が増します。
そのため、メタをキチンと制御するために再帰性を導入したのです。
これで、
「コード」
が可能になり。
自然数コードにより、メタTが自然数理論内部で扱えるようになり。
メタTが(自然数論を含む)Tに埋め込めるわけです。
こういう意味なんですよ、不完全性定理における
「自然数論を含むT」
という制約は。
この結果、自己言及が可能になり、決定不能命題の出現に繋がるという筋書き。
で、ここから、私のオリジナル貢献に入ります。
メタTを考えれば、termの再帰性は必須だと分かるとして。
それでも、公理体系Tレベルでシェーマを通じて自由性が顔を覗かせます。
こうなると、formulaの再帰性は役に立たなくなるわけですが。
それでも、コンパクト性により
「自由集合の有限近似」
を考えると。
再帰性はカムバックしますね。
だったら、何も問題は起きないのでは?
そう簡単に問屋が卸さないのが、ZFの重層構造なの。
そして、ZFは数学理論Tの土台。
避けて通ることは不可能。
ここで改めて聞きます。
ZFのtermは?
これくらい引き回しておいてから。
そろそろ埒を開けておくと。
前回は、名前経由での
「空集合のパラドックス」
について注意を喚起しました。
1個のtermでも、理論が駄目になることがあるわけだ。
名前のセマンティクスの恐ろしさですが。
HGYラインは、termの再帰性に関する
「正・反・合」
という止揚の観点からの用語です。
合の場合、どのくらいまで螺旋を昇るのかですが。
メタ超えて、ハイパーにまで到達します。
そこで、’法が登場し。
ZF({x|})のtermをメタの重層構造ではなく。
関数として、オブジェクトレベルで扱うとして。
いずれにせよ、登場するのがΔ理論で。
無事、再帰性が確保できてますが。
このΔ宇宙ではZFの境界問題が発生します。
なんだ、あの
「(プロパー)クラス」
の定義の曖昧哲学ぶりは。
「ZF循環」
だと分からなかったのかね。
こう指摘すると、私が状況依存性を宣伝したものだから。
論理猿どもは、反射神経で
「そこで、状況依存性を発動させればOK宇宙。」
と言い出すでしょうが。
フッ、YJが、そんなに簡単に構築できると思うのが粗い脳の証拠なの。
状況依存という用語で哲学持ち出すんじゃない!
どのような状況依存なんだよ?
ZFの諸公理の中で、
「何が生き残り、何が駄目になるのか?」
と問うているの。
何処が、どう駄目なのか?
このためには、精緻にZF矛盾を分析するしかない。
ところが、論理猿どもは、肝心のZF矛盾が理解できない脳レベル。
理解できた上で無視しているのなら、悪魔です。
天使が堕落した成れの果ての魔王。
だから、原理上、駄目なのですよ、旧論理猿は。
プロとして生きてる資格が無い。
「生即是誤(生きてることが間違い)」
今や、人類の知力進化の邪魔です。
というわけで、肝心のZF矛盾証明ですが。
仮に、
「ZFが無矛盾(で、マトモな理論)」
だと仮定すると。
そこから、
ZFSET(x)
というメタ概念がキチンと定義できます。
そこで、
x=Ø
の場合を考究することで。
「Øのパラドックス」
経由で矛盾が発生します。
ゆえに、仮定の
「ZFは無矛盾」
が誤りとなり。
ZFの矛盾証明に繋がるという筋書き。
これくらい深掘りしないと真理の本質は把握できません。
すでに私がキチンと証明済みですよ。
真理を見たければ金払え!
論理猿の脳配線はスカスカの空なんだよ。
今からでも緻密・稠密に配線引き直せ、馬化めが。
同じくらいのことが、
「’法使った、一般理論Tでも発生するカモ。」
この懐疑が大事。
いずれにせよ
「’法」
(セマンティクス無視すればコードです。)
と
「termの再帰性」
の重要度が身に沁みたはず。
伊達に、HGYラインと名付けたわけじゃないということ。
私の関与を強調するため、省略して
「Yライン」
と設定しましたが。
従来、Yラインというと、ファッションスタイル系のシルエットの名前でした。
ああいう感性レベルの話ではなく。
私が定義した概念は、かみまでも
「理性」
の課題。
住む世界の違いにより、猿の解釈も違ってくるという見本になるでしょう。
省略語
「AF」
を見て、どう思うかと同じレベルの話です。
どうじゃ気分は、逆さSMのMSよ。
厳かさが減じると気に成る場合。
「HGYライン」
と省略せずに用いてください。
そして私の寄与を強調する場合は、
GAMMA戦やX戦と対比して
「ハイパーY戦」
と呼ぶように。
ライン(線)をバトル(戦)に換えました。
これなら、古代ギリシャ以来の西洋文明を崩壊させる
「ハイパーYバトル」
もユニークになるし。
玩具のポケモンとの省略格の違いも強調できる。
というわけで、以後、こちらを採用します。
自由気儘な創始者特権よ。
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